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崩さない、その余裕 4

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-09-25 16:23:13

「俺の部屋はこのマンションの八階、もう覚えれたよね?」

「……ええ、まさかこのマンションとは」

 連れてこられたマンションは行きつけのスーパーのすぐ傍で、オシャレで素敵だな〜なんていつも思っていた建物だった。そんな所に……よりにもよって梨ヶ瀬《なしがせ》さんと暮らすことになるなんて、本当に予想もしてなかったけれど。

 いまだ彼に持たれたままの私の荷物、この手には梨ヶ瀬さんの通勤カバンだけしか渡してもらえなかった。

「その鞄の中にあるキーケースを取り出して、オートロックを解除してくれる?」

 梨ヶ瀬さんに言われるまま鞄を開けて、キーケースを取り出す。ハムスターのマスコットのついたそれに驚きながらも、そのカギでオートロックを解除した。

 ……もしかして梨ヶ瀬さんって、ハムスターが好きなのかな? 意外だと思いながら鞄にキーケースを戻し、さっさと先を歩いていく彼の後を追った。

 エレベーターで八階まであがり、一番端の扉へ。今度は部屋の扉の鍵を開けるよう頼まれて、もう一度キーケースを取り出した。

「あ、もしかして彼女とか……?」

 こんな可愛いマスコットだもの、もしかしたら特別な相手からのプレゼントだったりして? そう思って顔を上げると、微妙な顔をした梨ヶ瀬さんと視線がぶつかった。

「いないからね、彼女なんて。ここまでついてきておいて、その誤解っておかしいでしょ」

 梨ヶ瀬さんはスーツケースを置いて、その手をグーにすると私のおでこをコツンと叩いた。痛くはないのだけど、どうして私が怒られているのか分からない。

「横井《よこい》さんから見ると俺は、彼女がいるのに自分の部屋に女の子を連れ込むような男なわけ? 君って他人の事には鋭いのに、自分の事には物凄く鈍感なんだね」

 いつもなら笑顔でのチクチクとした嫌味も、今は何となく言い返すことが出来ない雰囲気で……どうやら梨ヶ瀬さんは不機嫌の度合いによっては、本性を隠さなかったりするのかもしれない。

 些細な発見をして、ちょっとだけ嬉しいような気がして頬を緩めてしまったのが失敗だった。いつの間にか頬を指先で摘ままれていて……

「ちょっ……! 痛い痛いです、急に何をするんですか?」

「うん。横井さんが俺の話で大事なところはスルーして、別の事で一人楽しんでるみたいだからちょっとイラついてね?」

 そう言ってキラキラした笑顔で微笑んでいる梨ヶ
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